【ブリティッシュ プルマン】
ブリティッシュ・プルマンは、初めて快適さを追求した客車"パイオニア"を作ったアメリカ人-ジョージ・モーティマー・プルマンから命名されました。後の1882年にプルマン・カー・カンパニーで製造された客車は、それ以降イギリスの豪華列車での旅行に多大な影響を与え、今日に至るまで格調高い列車の旅を提供し続けています。
鉄道が贅沢であった当時、ブリティッシュ・プルマンはイギリスの地方都市だけでなく、ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレスのルートの一部として、ロンドンから英国海峡にある港まで乗客を乗せました。
現在ブリティッシュ・プルマンを形成する個々の客車に、その歴史を見ることができます。客車は動く限り、様々なところで使用され、それにまつわる物語やイベントがそれぞれの客車を特別な存在にしているのです。
多くの客車は、1960年から70年代にかけて現役から引退し、鉄道マニアに売却されるか、もしくは線路の傍らに放置されていました。新しく修復されたブリティッシュ・プルマン客車が最初の乗客を乗せた旅は、1982年4月、ブライトン・フェスティバルの開催に合わせたロンドンからブライトンへの特別運行でした。その1ヵ月後、ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレスの運転開始の式典が多くのマスコミに囲まれて行われ、世間の人々がいかに優雅な旅に興味を持っているかを示すことになりました。
客車
"動く宮殿”と呼ばれたブリティッシュ・プルマンは、その考案者であるジョージ・モーティマー・プルマンの名前からつけられました。その表現は今でも衰えることなく、多くの人々を魅了しています。
1920年代、30年代のオリジナルの客車が丹念に修復され、再び世界で最も豪華な客車として生まれ変わりました。11もある客車は、それぞれに名前があり、異なった装飾が施され、歴史があります。例えば、ミネルバはエドワード7世時代の寄木細工が施されたタイプで、ゼナは1976年の映画「アガサ」で使われました。ペルセウスは主に王室専用として使用され、1965年ウィンストン・チャーチルの葬送列車として使われたこともあります。
ブリティッシュ・プルマンは、226名様の乗客を乗せることが可能で、また11の食堂車やサービス・カーも用意されています。 客車はそれぞれ20席から26席あります。移動中、クーペ(4名様まで座ることの可能な小さな個室)か、2名様掛けのテーブルがあるオープン席にご乗車いただきます。オープン席には、限られた数ですが1名様及び3名様用のテーブルもあります。
【ノーザン・ベル】
ノーザン・ベル列車は、2000年より、ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレスであるブリティッシュ・プルマンの姉妹列車として運行を始めました。
ジョージ・モーティマー・プルマンの最初の豪華客車が考案された1864年、人々はその優雅さとデカダンス的な旅行に心を奪われました。
洗練された究極の日帰り旅行や楽しい週末ツアーをお届けするために、ノーザン・ベルでは古きよき職人の技術と現代の技術がうまく融合されて、1930年代の贅沢なベル号の雰囲気を醸し出すことに成功しました。全食堂車にはイギリスの歴史ある城やマナーハウスの名前がついております。
ジェームズパーク・アソシエイツによるインテリアデザインには、名前の通り、それぞれのマナーハウスや城の特徴が反映されています。寄木細工、クッションなどの織物や真鍮品は、特別にイギリスの職人によって仕上げられたものです。
2000年5月31日、ノーザン・ベルは、初めての運行としてリバプールのライムストリートからビーバー城へと出発しました。この歴史的な運行開始を祝うために、有名人を含む252人がプライベート旅行に招待され、ビーバー城へ向かう道中では、ミュージカルやシャンパン・ブランチが盛大に振舞われました。
客車
6台の食堂車はそれぞれイギリスの歴史ある城やマナーハウスの名前がつけられております。ジェームズパーク・アソシエイツによるインテリアデザインには、名前の通り、それぞれのマナーハウスや城の特徴が反映されています。寄木細工、クッションなどの織物や真鍮品は、特別にイギリスの職人によって仕上げられたものです。
ノーザン・ベルは、252人まで乗車することができます。それぞれの客車は42名様乗りで、2名様及び4名様用のテーブルがあり、ゆったり移動できるスペースが保たれています。楽しい時間を列車内でお過ごしください。